■作品内容
あの出来事から9年後。大学を卒業し社会人となったハルは、とある温泉旅館を訪れる。ハルが◯◯歳の春、明音は何も告げず家を出た。母からは「遠方に就職した」とだけ伝えられる。電話も繋がらず、どれだけ両親を問い詰めても「明音に止められてるから…」と何も教えてくれない。それ以来7年間、ハルと明音は一度も会っていない。それでもハルは、明音を諦める事はできなかった。電話は当然出ないし、時々メッセージを送っても既読すらつかなかったが、これでダメなら、明音の事は忘れよう…そう決めて、彼は明音をこの旅館に呼んだ。すると、明音からの返信が届いた。「わかった」日付と場所を伝えたものの、本当に明音がここに来る確証は無かったが、数時間前に「着いたよ」とだけメッセージが届いた。竹林を抜けた先にある離れの宿。玄関には靴が一足揃えてある。入試や就職の面接ですら味わった事の無い緊張を感じたまま、室内に入る。和風な外観とは異なり、内装は洋風な作りとなっていた。ただ、中に居るはずの明音の姿が無い。「スー…スー…」微かに聞こえる音の方に視線を移す。そこには、ベッドで横になった明音が寝息を立てていた。正直、突然姿を消し、連絡も取ろうとしなかった明音に対して思うところはあった。ただ、今目の前で眠っている明音を見ていると、抱えていたモヤモヤとした感情が霧散していくのを感じる。それでもハルには、必ず伝えると心に決めていた事があった。寝息が、止んだ。
■サークル名:せなか